一番大きかったのは、「自分が傷ついていること」をようやく認められたことだった。
親子関係がうまくいかなくなってから、ずっと「親が変わってくれればいい」「親がこれまでの行いを謝ってくれれば、すべて解決する」と思い続けていた。
なんとか親に「自分の非」を認めさせたいと、何度も働きかけた。でも返ってくるのは冷たい態度。突き放されるたびに深く落ち込み、怒りを感じた。
多くの書籍や動画には「親じゃない、自分が変わるんだ」と繰り返し書かれている。でも、その言葉の本当の意味はうまくつかめなかった。
けれど、カウンセリングを通して少しずつわかってきた。
――私は深く傷ついていたんだ。
まずはその傷の手当てをするべきだったんだ。
そう腑に落ちたとき、初めて少しだけ呼吸が楽になった気がした。
私は例えるなら、車に轢かれて大けがを負ったまま、手当てもせずにずっと運転手に怒りをぶつけ続けていたようなものだった。
「いや、その前にまず自分をケアしないといけないよね」と、やっと気づけた。
私はずっと傷を抱えたまま、その存在を見て見ぬふりをしながら、不自然にかばって生きてきたんだ。
生きづらくて当然だった。
「なぜ傷ついたのか」を突き止めることよりも、
「どうすれば癒され、回復できるのか」が、いまの自分にとっては何よりも大事なこと。
そんな当たり前のことを、ようやく自分ごととして実感できるようになった。
年老いた親のことや、これからの親子関係のことを考えるのは、私自身がある程度回復してからでいい。
まずは、張りつめて生きてきたこれまでの日々を少しずつ緩めて、自分自身と向き合っていこう。
いまは、そう思えている。